-全現代語訳-日本書紀 まとめ

01.神武02.綏靖03.安寧04.懿徳05.孝昭06.孝安07.孝霊08.孝元09.開化10.祟神11.垂仁12.景行13.成務14.仲哀15.応神16.仁徳17.履中
18.反正19.允恭20.安康21.雄略22.清寧23.顕宗24.仁賢25.武烈26.継体27.安閑28.宣化29.欽明

※同じ背景色が続くときは同世代(同母または異母きょうだい)
即位 名前(没歳)
 諡号
 実名
 都の場所と名称
 陵の場所と名称
正妃

:出自
※正妃の子が皇太子または
 次期天皇になるとは限らない
皇太子(天皇)
男児
女児
※皇太子が必ず皇位を継ぐとは限らない
概要
前667 1.神武天皇(127)
 かむやまといわれびこのすめらみこと
 神日本磐余彦天皇
 ひこほほでみ
 彦火火出見

 畝傍山(うねびやま)東南の橿原宮(かしはらのみや)
 うねびやまのうしとらのすみのみささぎ
 畝傍山東北陵
 (橿原市大字洞字ミサンサイ)
あひらつひめ
吾平津媛
たぎしみみのみこと
手研耳命
  • 天孫(天津彦火瓊瓊杵尊(あまつひこほのににぎのみこと))の孫(浦島太郎の原典と思われる、海幸彦)の第4子
  • 東征
  • 別の天神の御子(スサノオの末裔か)、櫛玉饒速日命(くしたまニギハヤヒのみこと)は物部の先祖
ひめたたらいすずひめ
媛蹈鞴五十鈴媛

:事代主神の長女
かむやい(みみ)のみこと
神八井(耳)命(臣の始祖)
かむぬなかわみみのすめらみこと
神渟名川耳天皇(綏靖天皇)
前581 2.綏靖天皇(84)
 かむぬなかわみみのすめらみこと
 神渟名川耳天皇

 葛城(高岡宮)(たかおかのみや)
 倭の桃花鳥侘丘上陵(つきだのおかのうえのみささぎ)
 (橿原市大字四条宇田井ノ坪)
いすずよりひめ
五十鈴依姫

:事代主神の次女
(天皇の姨)
しきつひこたまてみのすめらみこと
磯城津彦玉手看天皇(安寧天皇)

(磯城津彦命(しきつひこのみこと)?=猪使連の先祖(いつかいのむらじ))
  • 気性激しく、壮年には容貌すぐれ堂々。また武芸にすぐれ志高くおごそか
  • 腹違いの兄、手研耳命は邪にふたりの弟の暗殺を謀る。太子兄弟は暗殺を知り逆襲に出るが、気の弱い兄はうまくできず弟(皇太子)に従う
前547 3.安寧天皇(57)
 しきつひこたまてみのすめらみこと
 磯城津彦玉手看天皇

 方塩(浮孔宮)(うきあなのみや)
 畝傍山の南の御蔭井上陵(みほとのいのえのみささぎ)
 (橿原市吉田町)
ぬなそこなかつひめのみこと
渟名底仲媛命

:事代主神の孫娘(鴨王の女)(かものきみ)
おきそみみのみこと
息石耳命
おおやまとひこすきとものすめらみこと
大日本彦耜友天皇(懿徳天皇)
 
前510 4.懿徳天皇(?)
 おおやまとひこすきとものすめらみこと
 大日本彦耜友天皇

 (曲狭宮)(まがりおのみや)
  まなごのたにのかみのみささぎ
 畝傍山の南の繊沙谿上陵
 (橿原市大字池尻字丸山)
あまとよつひめのみこと
天豊津媛命

:息石耳命の女(=姪)(おきそみみのみこと)
みまつひこかえしねのすめらみこと
観松彦香殖稲天皇(孝昭天皇)
 
前475 5.孝昭天皇(?)
 みまつひこかえしねのすめらみこと
 観松彦香殖稲天皇

 掖上(わきのかみ)(池心宮)(いけごころのみや)
 わきのかみはかたのやまのかみのみささぎ
 掖上博多山上陵
 (奈良県御所市大字三室字博多山)
よそたらしひめ
世襲足媛

:瀛津世襲(おきつよそ)(尾張連の先祖)の妹
あめたらしひこくにおしひとのみこと
天足彦国押人命 
和珥臣(わにのおみ)の祖
やまとたらしひこくにおしひとのすめらみこと
日本足彦国押人天皇(孝安天皇)
 
前392 6.孝安天皇(?)
 やまとたらしひこくにおしひとのみこと
 日本足彦国押人天皇

 (秋津嶋宮)(あきつしまのみや)
 たまてのおかのうえのみささぎ
 玉手丘上陵
めいのおしひめ
姪押媛

:天足彦国押人命の女(=姪)か?
おおやまとねこひこふとにのすめらみこと
大日本根子彦太瓊天皇(孝霊天皇)
 
前290 7.孝霊天皇(?)
 おおやまとねこひこふとにのすめらみこと
 大日本根子彦太瓊天皇

 黒田(蘆戸宮)(いおとのみや)
 かたおかうまさかのみささぎ
 片丘馬坂陵
 (奈良県王寺町大字大寺字小路口)
ほそひめのみこと
細媛命

:磯城県主大目の女(しきのあがたぬしおおめ)
おおやまとねこひこくにくるのすめらみこと
大日本根子彦国牽天皇(孝元天皇)
 
やまとのくにかひめ
倭国香媛
やまとととびももそひめのみこと
倭迹迹日百襲姫命(予知など)

ひこいさせりひこのみこと
彦五十狭芹彦命
やまとととわかやひめのみこと
倭迹迹稚屋姫命
はえいろど
糸瓦某弟
ひこさしまのみこと
彦狭島命
わかたけひこのみこと
稚武彦命(吉備臣の祖)
前214 8.孝元天皇(?)
 おおやまとねこひこくにくるのすめらみこと
 大日本根子彦国牽天皇

 (境原宮)(さかいはらのみや)
 つるぎのいけのしまのうえのみささぎ
 剣池嶋上陵
 (橿原市大字石川字剣池上)
うつしこめのみこと
欝色謎命

:欝色雄命(穂積臣の先祖)の妹(うつしこおのみこと)
おおひこのみこと
大彦命 (阿部(あべの)臣、膳(かしわでの)臣、
阿閉(あへの)臣、狭狭城山(ささきのやまの)君、
筑紫国造、越国造、伊賀臣など七族の祖

わかやまとねこひこおおひひのすめらみこと
稚日本根子彦大日日天皇(開化天皇)

やまとととひめのみこと
倭迹迹姫命
 
いかがしこめのみこと
伊香色謎命
ひこふつおしのまことのみこと
彦太忍信命(武内宿禰の祖父)(たけしうちのすくね)
はにやすひめ
埴安媛
たけはにやすひこのみこと
武埴安彦命
前157 9.開化天皇(?)
 わかやまとねこひこおおひひのすめらみこと
 稚日本根子彦大日日天皇

 春日(率川宮)(いざかわのみや)
 かすがのいざかわのさかもとのみささぎ
 春日率川坂本陵
 (奈良市油坂町)
たにわのたかののひめ
丹波竹野媛
ひこゆむすみのみこと
彦湯産隅命
 
いかがしこめのみこと
伊香色謎命

:物部氏の先祖の大綜麻杵(おおへそき)の女
みまきいりびこいにえのすめらみこと
御間城入彦五十瓊殖天皇(祟神天皇)
ははつひめ
姥津媛
:和珥臣わにのおみの先祖の
姥津命(ははつのみこと)の妹
ひこいますのみこ
彦坐王
前97 10.祟神天皇(120)
 みまきいりびこいにえのすめらみこと
 御間城入彦五十瓊殖天皇

 (はつくにしらすすめらみこと)
 御肇国天皇
天下を平穏にしたことを誉め称えた称号

 磯城(瑞かき宮)(みずかきのみや)
 (奈良県桜井市金屋付近)

 やまのへのみちのえのみささぎ
 山辺道上陵
 (奈良県天理市柳本町)
とおつあゆめまくわしひめ
遠津年魚眼眼妙媛
:紀伊国の荒河戸畔の女(あらかわとべ)
とよきいりびこのみこと
豊城入彦命
上毛野君、下毛野君の先祖
とよすきいりびめのみこと
豊鍬入姫命
  • 善悪の識別にすぐれ、早くから大きなはかりごとを好み、壮年は心広く慎み深く、天神地祗をあがめ、常に帝王として大業を治めようと思う心
  • 百姓の乱、天照大神・倭大国魂(やまとのおおくにたま)の二神を御殿の内に祀る(それを畏れ天照を娘の豊鍬入姫命に託して大和の笠縫邑(かさぬいのむら)に、大国魂は渟名城入姫命に預けたが、後者は衰弱し役を果たせなかった)
  • 大物主神の出現、その子の大田田根子に自分を祀らせるよう進言
  • 八十万の群神を祀る
  • 姑の予知者倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)は後に大物主神の妻になるが小さな諍いから死ぬ
  • 始めて人民の戸口を調べ、課役を仰せ付ける(男の弭調(ゆはずのみつぎ)、女の手末調(たなすえのみつぎ))
  • 献上物運搬用に初めて船舶を造る
  • 後嗣を選ぶのに兄・豊城入彦命と腹違いの弟・活目入彦五十狭茅尊に夢を見させて決める
  • 武日照命(たけひなてるのみこと)が天から持ち、出雲大神に収めてある神宝を見たがったため出雲臣の先祖であった兄弟に諍いが起こり、結果死んだ。その後しばらく出雲臣らはそれを恐れ出雲大神を祭ることをしなかった
みまきひめ
御間城姫

:大彦命の女(=従兄妹)(おおひこのみこと)
いくめいりびこいさちのすめらみこと
活目入彦五十狭茅天皇(垂仁天皇)

ひこいさちのみこと
彦五十狭茅命
くにかたひめのみこと
国方姫命

ちちつくやまとひめのみこと
千千衝倭姫命

やまとひこのみこと
倭彦命
いかつるひこのみこと
五十日鶴彦命
おわりおおしあまひめ
尾張大海媛
やさかいりびこのみこと
八坂入彦命
ぬなきいりびめのみこと
渟名城入姫命

とおちにいりびめのみこと
十市瓊入姫命
前29 11.垂仁天皇(140)
 いくめいりびこいさちのすめらみこと
 活目入彦五十狭茅天皇

 纒向(珠城宮)(たまきのみや)
 菅原の伏見陵
 (奈良市尼辻町字西池)
さほひめ
狭穂姫 ※1
ほむつわけのみこと
誉津別命(口を利かぬ子)
  • 先帝の世に来朝していた任那びとが帰国する際、新羅が途中で贈り物を奪いここより任那・新羅抗争はじまる
  • 新羅の王子、天日槍あめのひほこが来朝し八つの宝を奉った。とどまり、妻を娶り、但馬諸助たじまもろすけを生み、諸助は但馬日楢杵ひならきを生み、さらに清彦を生み、田道間守たじまもり(三宅連の先祖)を生んだ
  • 皇后・狭穂姫さほひめの兄、狭穂彦王そほびこのみこが妹に天皇を殺させようと謀反を企てるが失敗。追い詰められた兄に伴って自殺
  • 当麻蹶速たぎまのくえはやと出雲の野美宿禰に力比べをさせ、野美が当麻を踏み砕いて殺す
  • 日葉酢媛の一番下の妹は不器量で里に返され、それを恥じて帰途輿より落ちて自殺
  • 誉津別命ほむつわけのみことが30を越えて声も発せず、泣き喚くのに憂いていたがある時白鳥のくぐいを見て言葉を発し、奉られたくぐいによって喋れるようになった。これによって鳥取部ととりべ、鳥飼部とりかいべ、誉津部ほむつべを定めた
  • 天照を豊鍬入姫命から離し、倭姫命に託す
  • 叔父の倭彦命の埋葬で殉死した家来たちの呻き苦しむさまを哀れと思い、以後これをやめ、埴輪(立物たてもの)とした
  • 天日槍の献上した宝を見るためその曾孫、清彦に持たせたが、刀子を隠す。後にこの刀子はひとりでに淡路島に行き、神と祀られる
  • 田道間守に命じて『非時の香実ときじくのかぐのみ(橘)』を常世国とこよのくににつかわすが、その間に崩御。戻った田道間守は泣き叫んで死んだ
ひばすひめ
日葉酢媛 ※2

:丹波道主王(開化天皇の子=叔父)(たにはのちぬしのおおきみ)の女
異説で
彦湯産隅命(開化天皇の子=伯父)(ひこゆむすみのみこと)の女
いにしきいりびこのみこと
五十瓊敷入彦命
おおたらしひこのすめらみこと
大足彦天皇(景行天皇)

おおなかつひめのみこと
大中姫命

やまとひめのみこと
倭姫命

わかきにいりびこのみこと
稚城瓊入彦命
ぬばたにいりびめ
渟葉田瓊入媛
:日葉酢媛の妹
ぬてしわけのみこと
鐸石別命
いかたらしひめのみこと
胆香足姫命
まとのびめ
真砥野媛
:日葉酢媛の妹
 
あざみにいりびめ
薊瓊入媛
:日葉酢媛の妹
いけはやわけのみこと
池速別命
わかあさつひめのみこと
稚麻津媛命
かりはたとべ
苅幡戸辺
:山城
おおじわけのみこと
祖別命
いかたらしひこのみこと
五十日足彦命<子は石田君の先祖
いたけるわけのみこと
胆武別命
かにはたとべ綺戸辺

:山城大国の不遅ふちの女
いわつくわけのみこと
磐衝別命 三尾君の先祖
71 12.景行天皇(106)
 おおたらしひこおしろわけのすめらみこと
 大足彦忍代別天皇

 纒向(日代宮ひしろのみや)
 やまのへのみちのえのみささぎ
 倭国の山辺道上陵
 (天理市大字渋谷字向山)
はりまのいなびのおおいらつめ
播磨稲日大郎姫 ※1
おおうすのみこ
大碓皇子 (双生児)
おうすのみこと
小碓尊(日本童男やまとおぐな
日本武尊やまとたけるのみこと)
└ 足仲彦天皇(仲哀天皇)
  • ヤマトタケル=双生児の弟として生まれたが、幼時より雄雄しく、壮年には溢れんばかりの逞しい容貌に加えて身丈は一丈(約3メートル)、を持ち上げるほどの力があった
  • 80人の子供がおり、日本武尊、稚足彦尊、五百城入彦を除く70名余が各国に赴き国や郡を封じた(この子孫を諸国の別という)
  • 『土蜘蛛を滅ぼすことができるなら、この石を蹴ったら柏の葉のように舞いあがれ』と卜し、石を名づけて踏石ほいしといい、土蜘蛛を討つ
  • 五百野皇女に天照を祭らせる
  • 武内宿禰を遣わし、蝦夷の偵察
  • 熊襲を討つが後々手を焼き、日本武尊(16歳、当時は童男おぐな)を遣わし討つ。熊襲の魁帥たける・名は取石鹿文とろしかや又は川上梟帥というを刺す時に武皇子(尊)という名を送られた
  • 蝦夷の鎮圧に兄・大碓皇子を遣わそうとするが行かず、日本武尊を将軍に任じ再征させる。その時賊に欺かれ誘い込まれた野に火を放たれるが、腰に差した剣天叢雲剣が自ら抜け出し草をなぎ逃れ、この剣を草薙と名づけたという説もあり
  • 付き添っていた妾おみなの弟橘媛が嵐の海に入って鎮める。蝦夷に渡るとその威勢に自ら服従し、その罪を許された
  • 日本武尊は両道入姫皇女ふたじのいりびめのひめみこ(垂仁天皇の女)との間に稲依別王いなよりわけのみこ足仲彦天皇(仲哀天皇)たらしなかつひこ布忍入姫命ぬのしいりびめのひめみこ、稚武王わかたけのみこが、吉備穴戸武媛きびあなとのたけひめとの間に武卵王たけかいごのみこと十城別王とおきわけのみこが、弟橘媛との間に稚武彦王わかたけひこのみこがある
  • さらに信濃を回って尾張に帰ると尾張氏の女、宮簀媛みやすひめを娶り、長く留まった。そこから神の荒れる山を収めに行くが病にかかり、悪化して熊襃野(鈴鹿郡の地名)に没する(齢30)
  • 最初、伊勢国は熊襃野に葬り陵を作るが白鳥となって倭国に向かい飛ぶ。棺を開いたところ屍はなく、白鳥を追うと倭の琴弾原に留まったので陵を造り、河内は古市邑にいくとまた陵を造り、この三つを『白鳥陵しらとりのみさぎ』と名づけるが、最後、日本武尊は高く飛んで天に上った
  • 武内宿禰(成務天皇と同日生まれである)に大臣を任じる
かげひめ
影媛
:紀直の先祖、(きのあたい)莵道彦の女(うじひこ)
たけのうちのすくね
武内宿禰
おとひめ
弟媛
:八坂入媛の妹、八坂入彦皇子の女
 
やさかのいりびめのみこと
八坂入媛命 ※2

:弟媛の姉、八坂入彦皇子の女
わかたらしひこのすめらみこと
稚足彦天皇(成務天皇)

いおきいりひこのみこ
五百城入彦皇子
おしのわけのみこ
忍之別皇子
わかやまとねこのみこ
稚倭根子皇子
おおすわけのみこ
大酢別皇子
ぬのしのひめみこ
渟熨斗皇女

ぬなきのひめみこ
渟名城皇女

いおきいりびめのひめみこ
五百城入姫皇女

かごよりひめのひめみこ
かご依姫皇女

いさきいりびこのみこ
五十狭城入彦皇子
きびのえひこのみこ
吉備兄彦皇子
たかきいりびめのひめみこ
高城入姫皇女

おとひめのひめみこ
弟姫皇女

みずはのいらつめ
水歯郎媛
:三尾氏磐城別いわきわけの妹
いおののひめみこ
五百野皇女
いかわひめ
五十河媛
かみくしのみこ
神櫛皇子 讃岐国造の先祖
いなせのいりひこのみこ
稲背入彦皇子 播磨別の先祖
たかたひめ
高田媛
:阿部氏木事あべのうじのこごとの女
たけくにこりわけのみこ
武国凝別皇子 伊予国御村別の先祖(いよのくにみむらわけ)
ひむかのかみながおおたね
日向髪長大田根
ひむかのそつびこのみこ
日向襲津彦皇子 阿牟君の先祖
そのたけひめ
襲武媛
くにちわけのみこ
国乳別皇子 水沼別(みぬまわけ)の先祖
くにそわけのみこ
国背別皇子
とよとわけのみこ
豊戸別皇子 火国別(ひのくにわけ)の先祖
131 13.成務天皇(107)
 わかたらしひこのすめらみこと
 稚足彦尊

 志賀高穴穂宮
 さきのたたなみのみささぎ
 倭の狭城盾列陵
 (奈良市山陵町字御陵前)
おとたからのいらつめ
弟財郎女 (古事記より)
:建忍山垂根たけおしやまたりねの女
わけぬけのおみ
和訶奴気王 (古事記より)
  • 諸国に令して国郡に造長みやつこおさを立て、県邑に稲置いねおきをおき、それぞれ盾矛を賜って印とした。また山河を境として国県を分け、たてよこの道にしたがい邑里を定めた
  • 紀には『男児がなかった』とある
  たらしなかつひこのみこと
足仲彦天皇(仲哀天皇)=甥
192 14.仲哀天皇(52)
 たらしなかつひこのすめらみこと
 足仲彦天皇
 敦賀に行宮(かりみや) (笥飯宮)(けひのみや)
 穴門に宮室(みや) (穴門豊浦宮)(あなとのとゆらのみや)
 儺県(ながあがた) (橿日宮、香椎宮)(かしひのみや)
 河内国の長野陵
おおなかつひめ
大中媛
:彦人大兄(=叔父)(ひこひとのおおえ)の女
かごさかのみこ
かご坂皇子
おしくまのみこ
忍熊皇子
  • 容姿端麗、身の丈十尺(父・日本武尊と全く同じ形容なのは、日本武尊=神功皇后説話を位置づけを正当化するため後事的に紀に加えられたという説を裏づけか?)
  • 父を偲び白鳥を献上させるが、これを奪われ異母弟である蘆髪蒲見別王あしかみのかまみわけのみこを殺す
  • 熊襲征伐に神功皇后が同行
  • 「熊襲は討つに足りぬ、空の向こうの宝の国(=袴衾新羅国たくぶすましらぎのくに)を目指せ」との神託を信じず、熊襲を討つが勝てず、直後に病死
  • 神功皇后と大臣である武内宿禰は『人民の気が緩む』ことを恐れて天皇の喪を隠し、仮葬に
  • 幼時より聡明、叡智で容貌すぐれて美しくあり
  • 自ら神主となり武内宿禰を琴の奏者、中臣烏賊津使主なかとみいかつのおみに審神者さにわ=神託を聞きその意味を説く人とさせ、神事を行なう。七日七夜で天皇に進言した神の名を知る
  • 熊襲、土蜘蛛を討った後、男の姿にやつして船団を整え宝の国(新羅)に臨む
  • やがて神の力で行き着いた新羅では海の水の溢れるのに畏れをなし、白旗を揚げて降伏、地図、戸籍は差し、自ら首に白いくみをかけて捕われた。以後の服従と献上を誓った
  • またそれを知った高麗、百済の王は勢力を失い、新羅に倣った
  • 別の妃の子であるかご坂皇子(かごさかのみこ)と忍熊皇子(おしくまのみこ)が謀り、武器、兵を集め皇后を討とうとした(倉見別くらみわけ=犬上君の先祖と五十狭茅宿禰いさちのすくね=吉師きしの先祖はこれにつく)が、神意を占うとかご坂皇子が赤い猪に喰い殺された
  • 皇后が難を逃れようとした船が難破した際、天照とその妹の稚日女尊わかひるめのみこと、また事代主命が、さらには表筒男うわつつのお・中なか筒男・底そこ筒男の三神がそれぞれ自分たちを祀らせる場所を言い、従うと平穏に海を渡ることができた
  • その後武内宿禰ら群臣と謀って和睦と忍熊を欺き、逃げる忍熊らを捕らえ、斬った
  • 新羅が朝貢を装い嘘を申し立て、人質を取り戻して逃れさせたことを知り、その使者3名を檻に入れ焼き殺す
  • 度々朝貢を受けるが、新羅が百済の貢物を奪って口止めしたことを知り、それを責めて兵を整え新羅を討ち、百済に与える。その後百済は相次いで朝貢を行なう(三韓という)
おきながたらしひめのみこと
気長足媛尊(神功皇后)
(100)
:気長宿禰王(=開化天皇の曾孫)(おきながのすくねのおおきみ)の女
 母に葛城高桑頁媛(かずらきたかぬかひめ)
ほむたのすめらみこと/ほんだわけのみこと
誉田天皇(応神天皇)
おとひめ
弟媛
:大酒主の女(おおさかぬし)
(来熊田造くくまたのみやっこの先祖)
ほむやわけのみこ
誉屋別皇子
270 15.応神天皇(110)
 ほむたのすめらみこと
 誉田天皇

 かるしまのとよあきらのみや
 軽島豊明宮

 えがのもふしおか
 恵我藻伏岡陵
 (大阪府羽曳野市誉田6丁目)
たかきのいりびめ
高城入姫
:皇后・仲姫の姉
ぬかたのおおなかつひこのみこ
額田大中彦皇子
おおやまもりのみこ
大山守皇子
土形ひじかたの君・榛原はりはらの君の先祖
いざのまわかのみこ
去来真稚皇子
深河別ふかかわわけの先祖
おおはらのひめみこ
大原皇女

こむくたのひめみこ
撈来田皇女
  • 幼少から聡明、立居振舞いにも聖帝の兆し
  • 蝦夷が朝貢
  • 男女合わせて10人の子
  • 百済に辰斯王しんしおう即位、礼を失する行いに4人の宿禰を遣わして責めた。百済は辰斯王を殺し陳謝。宿禰らは阿花王あくえおうを立てて帰るが、後にこの王も無礼をし、土地を奪われることに
  • 海人部あまべ、山守部やまもりべを定めた
  • 十丈の船を造り、浮かべると軽く浮かび速く進み、枯野からの(=軽野では?と)と名づけた
  • 武内宿禰を筑紫に遣わし、人民を監察させた。そのときその弟の甘美内あましうちの宿禰が兄を除こうと天皇に嘘の讒言をし、殺そうとしたが、自ら名乗り出た身代わりが死ぬことで時を稼ぎ弁明した。結果、盟神深湯くがたち=熱湯に手を入れ正邪を占うによって武内が勝ち、弟甘美内も許されて紀直きのあたいらの先祖となった
  • 百済、高麗の王が変わるごとにその非礼に度々怒る
  • 大山守皇子と大鷦鷯尊を呼んで尋ねる答えに、後嗣としたい莵道稚郎子皇子の補佐として大鷦鷯尊を定め、大山守皇子は山川林野を司る役目とした
なかつひめのみこと
仲姫命

:いおきいりびこのみこ
五百城入彦皇子の孫で
ほむたのまわかのおう
品陀真若王の女
あらたのひめみこ
荒田皇女

おおさざきのみこと
大鷦鷯尊(仁徳天皇)
ねとりのみこ
根鳥皇子 太田君おおたのきみの先祖
おとひめ
弟姫
:皇后・仲姫の妹
あべのひめみこ
阿部皇女

あわじのおはらのひめみこ
淡路御原皇女

きのうののひめみこ
紀之莵野皇女
みやぬしやかひめ
宮主宅媛
:日触使主ひふれのおみ
(=和珥臣わにのおみの祖)の女
うじのわきいらつこのみこ
莵道稚郎子皇子
(皇位を譲るため自殺)
やだのひめみこ
矢田皇女

めとりのひめみこ
雌鳥皇女
おなべひめ
小扁瓦媛
:宮主宅媛の妹
うじのわきいらつめのひめみこ
莵道稚郎姫皇女
おとひめ
弟姫
:かわまたなかつひこ
河派仲彦の女
わかのけふたまたのみこ
稚野毛二派皇子
おとひめ
糸媛
:さくらいたべのむらじおさい
桜井田部連男金且の妹
はやぶさわけのみこ
隼総別皇子
ひむかいのいずみのながひめ
日向泉長媛
おおはえのみこ
大葉枝皇子
おはえのみこ
小葉枝皇子
えひめ
兄媛?
:御友別(みともわけ)(=吉備臣の先祖)(きびのおみ)の妹
 
313 16.仁徳天皇(?)
 おおさざきのすめらみこと
 大鷦鷯天皇

 なにわのたかつのみや
 難波高津宮

 もずののみささぎ
 百舌鳥野陵
 (大阪府堺市大仙町)
いわのひめのみこと
磐之姫命 ※1

:かずらきのそつびこ
 葛城襲津彦の女
おおえのいざほわけのすめらみこと
大兄去来穂別天皇(履中天皇)

すみのえのなかつみこ
住吉中皇子(住吉仲皇子)
みつはわけのみこ
瑞歯別皇子(反正天皇)
おあさづまわくごのすくねのみこ
雄朝津間稚子宿禰皇子(允恭天皇)
  • 幼時より聡明で叡智であった。また容貌美しく壮年には心広く恵み深かった
  • 太子であった異母弟、莵道稚郎子皇子うじのわきいらつこのみこと3年に渡り皇位を譲り合い、どちらも即位しなかったが、それを辞するための莵道稚郎子の自殺によって即位
  • 莵道稚郎子の存命の時、同母兄の額田大中彦皇子が屯倉みやけ=天皇御料田や御倉を支配しようとしたのを阻止した
  • 同じく同母兄の大山守皇子は前述と太子になれなかったこととを怨みにして太子を謀ろうとしたが妨げ、水死とさせる
  • 即位後は3年に渡って課税をやめるなどして民の負担を減らし繁栄を助ける。宮殿にも一切の手を加えず、自らを質素に律し、早く起き遅く寝、税を軽くし徳を布き、恵み施した天皇に人民らは進んで力を出し合い、宮殿を復興し、聖帝と崇めた
  • 女官であった桑田玖賀媛くわたのくがひめを娶ろうとするが叶わず、さらに道行の途中で病死
  • 莵道稚郎子が復命しての遺言であった同母妹、八田皇女(前述では矢田)を召し入れようとする際に皇后の嫉妬に遭い、この後よりを戻すことなく亡くなる。皇后の死後、八田皇女を皇后とする
  • 佐伯部から鹿を献上されるがそれは自分がその鳴き声に心慰められていた鹿に違いないと思い、以後安芸に遠ざける(渟田ぬたの佐伯部の先祖)
  • 雌鳥皇女めとりのひめみこを召し入れようとするが媒仲立ちとした異母弟の隼別に奪われ、恨む。あえて罰しなかったが、重なる隼別の雑言に耐えかね、二人を殺した
  • 紀角宿禰を遣わし百済で始めて国郡の境や郷土の産物の記録を行なった。その時、倶知くち(=鷹)を献上され鷹甘部たかかいべを定めるに至った。その場所を鷹飼邑たかかいのむらと名づけた。
  • 武内宿禰、国の第一の長者として歌の中に登場
  • 新羅の朝貢が滞ること重なり、紛争に。田道(たじ)を遣わし新羅軍を潰し数百人を殺す
  • 蝦夷の謀叛に再び田道(たじ)を遣わすが破られて死に、それを聞いた妻も縊死する。蝦夷がさらに掠めようと田道の墓を暴いたが、そこから現れた大蛇の毒にやられ、大勢が死んだ
  • 日本武尊の白鳥陵のみさぎ守を移そうとするが怪異があり、これを不動とする
  • 額田大中彦皇子が猟の際に見た窟(むろ=氷室)の氷を天皇に奉られ、喜ばれた
  • 飛騨に宿禰すくなという強力で凶暴なシャム双生児があり、これを和珥臣の先祖の難波根子武振熊なにわのねこたけふるくまに殺させる
ひむかのかみながひめ
日向髪長媛
:うしかたのもろいのきみ
 牛諸井君の女
おおくさかのみこ
大草香皇子
はたひのひめみこ
幡梭皇女
やたのひめみこ
八(矢?)田皇女 ※2

:莵道稚郎子の妹で応神天皇の女
400 17.履中天皇(70)
 おおえのいざほわけのすめらみこと
 大兄去来穂別天皇

 いわれのわかさくらのみや
 磐余の稚桜宮

 もずのみみはらのみささぎ
 百舌鳥耳原陵
 (大阪府堺市石津ヶ丘町)
くろひめ
黒媛
:葦田宿禰あしたのすくねの女
いわさかのいちのへのおしわのみこ
磐坂市辺押羽皇子(市辺押磐皇子)
├ 弘計天皇(顕宗天皇)
└ 億計天皇(仁賢天皇)
みまのみこ
御馬皇子
あおみの/いいとよひめみこ
青海皇女(飯豊皇女)
  • 仁徳天皇死後、即位前に妃にしようとし婚約の整った黒媛を、同母弟である住吉仲皇子が犯した。さらに大事になるのを恐れ、仲皇子が太子を謀殺しようと謀り、木菟つくの宿禰、物部大前もののべのおおまえの宿禰、阿知使主あちのおみが逃がし、兵を集め攻防するところに尋ね来た弟、瑞歯別を信じるに及ばずこれに仲皇子を殺すようにいう。また瑞歯別は近習に兄、仲皇子を殺させるが、これも主を裏切ったとして殺した
  • それに加担し欺こうとしたが疑われ、そのとき殺されることを恐れた仲皇子の親友の倭直吾子籠やまとのあたいのあこごは許しを請うため妹を奉った。これが采女の始まりではないか
  • 野鳥の漁師を使い太子を追っていた阿曇連浜子あずみのむらじはまこを捕えたが恩赦とし、額(目の縁)に入れ墨の刑に処した。これを阿曇目という。約1年後、飼部うまかいべたちが伴につき淡路島で狩をした際、伊奘諾神いざなぎのかみが神憑りして言うのに、その傷の血の匂いに耐えられない、と。それ以降、入れ墨をやめた
  • 始めて諸国に国史ふみひと(書記官)を置いた。また1年半後には、始めて蔵職くらのつかさを立て、蔵部くらひとべを定めた
  • 病気になり、身体の不調から臭みが増し、崩御
くさかのはたびのひめみこ
草香幡梭皇女

:大草香皇子(おおくさかのみこ)の妹で
仁徳天皇の女と同一か?
とすると、=異母妹ということに
なかしのひめみこ
中磯皇女
ふとひめのいらつめ
太姫郎媛
:ふなしわけのおおきみ
鮒魚磯別王の女で高鶴郎媛の姉
 
たかつるのいらつめ
高鶴郎媛
:ふなしわけのおおきみ
鮒魚磯別王の女で高鶴郎媛の妹
 
  みつはわけのみこ
瑞歯別皇子(反正天皇)=同母弟
406 18.反正天皇(?)
 たじひのみつはわけのすめらみこと
 多遅比瑞歯別天皇

 かわちのたじひ(しばかきのみや)
 河内の丹比(柴籬宮)

 耳原陵
 (堺市三国ヶ丘町字田出井)
つのひめ
津野媛

:木事(こごと) (=大宅臣の先祖)(おおやけのおみ)の女
かひののひめみこ
香火姫皇女

つぶらのひめみこ
円皇女
  • 生まれながらに歯が一本の骨のようで、容姿麗しかった。また多遅とは虎杖いたどりの花である
おとひめ
弟媛
:木事(=大宅臣の先祖)(おおやけのおみ)の女で津野媛の妹
たからのひめみこ
財皇女

たかべのみこ
高部皇子
412 19.允恭天皇(78)
 おあさづまわくごのすくねのすめらみこと
 雄朝津間稚子宿禰天皇

 かわちのながののはらのみささぎ
 河内の長野原陵
おしさかおおなかつひめのみこと
押坂大中姫命

:わかぬけふたまたのみこ
稚渟毛二岐皇子の女
きなしのかるのみこ
木梨軽皇子
(婦女に暴行したと弾圧)
ながたのおおいらつめのひめみこ
名形大郎姫皇女

さかいのくろひこのみこ
境黒彦皇子(坂合黒彦皇子とも)
あなほのすめらみこと
穴穂天皇(安康天皇)
かるのおおいらつめのひめみこ
軽大郎姫皇女

やつりのしろひこのみこ
八釣白彦皇子
おおはつせのわかたけのすめらみこと
大泊瀬稚武天皇(雄略天皇)
たじまのたちばなのおおいらつめのひめみこ
但馬橘大郎姫皇女

さかみのひめみこ
酒見皇女
  • 幼童から成長後も恵み深くへりくだった心だったが壮年に重病を患い不自由になった
  • 大使を立てないまま兄、反正天皇が崩御した後、異母弟の大草香皇子とこの雄朝津間稚子宿禰から、群卿たちが相談して天皇を選ぶが、病や自分の愚かさを並べてこれを辞退し続けた
  • 妃の押坂大中姫命が身を挺して進言するに至って、およそ2年後、ようやく即位となる
  • 押坂大中姫命は皇后になった年、幼少のときに無礼をされ恨みのあった闘鶏国造つげのくにのみやつこを探し死罪にする心算だったが請われて許し、この姓を下して稲置いなきとした
  • 新羅より連れてきた医者によって、病が治る
  • 氏の詐称、姓の紛失を深湯くがたちにより糾す
  • 反正天皇の殯もがりの逸話に、武内宿禰の墓地の記述あり
  • 礼事いやのことのやりとりで弟姫を奉ることになってしまった皇后だが、これによって嫉妬し恨みを持ち、召された衣通郎姫は御所には入れず、藤原に置かれ、藤原部を定めることとなった
  • 太子となった木梨軽皇子は人も感動するほどの容姿であったが、実妹の軽大郎姫皇女を寵愛し、ついにその想いを果たし通じることとなった。これにより軽大郎姫は伊予に移された
  • 天皇崩御に新羅人は嘆き悲しみ殯宮に参会したが、このとき訛っていった言葉を咎め責められ、それを恨みに思った
そとおしのいらつめ
弟姫(衣通郎姫)
:皇后、押坂大中姫命の妹
 
456 20.安康天皇(?)
 あなほのすめらみこと
 穴穂天皇

 いそのかみ
 大和石上(穴穂宮)

 すがはらのふしみのみささぎ
 菅原伏見陵
なかしひめのみこと
中蒂姫命
:おおくさかのみこ
大草香皇子(=父の異母弟)の元妻
 
  • 太子であった実兄の木梨軽皇子が婦女暴行、淫乱とされて(近親相姦のこと)国人たちはこれをそしり、群臣は心服せず、すべてが穴穂皇子についた。そこで穴穂皇子を襲おうと軽太子が兵を集めたが穴穂も集兵。国人と群臣の離れたことを知って軽太子は大前宿禰おおまえのすくね宅に身を隠したが取り囲まれ、自殺(一説では伊予に流されたと)
  • このとき、穴穂矢あなほや、銅製鍬や軽矢かるや、鉄製鍬が始めて作られた
  • 実弟で後の雄略天皇のために幡梭皇女を娶りたいと思い、根使主ねのおみを遣わしてその兄、大草香皇子に頼むが、その時持たせた家宝を根使主が自分のものとするため偽りを告げ、大草香皇子は殺される。そのとき大草香皇子の妻、中蒂姫命を妃とし、幡梭皇女を大泊瀬幼武(雄略)に娶あわせた
  • 山の宮で酒宴を催した際、皇后に心の内を語ると、膝枕で寝入った後それを聞いていた皇后と前夫の子、眉輪王まよわのおおきみに刺し殺されてしまう
458 21.雄略天皇(?)
 おおはつせのわかたけのすめらみこと
 大泊瀬幼武天皇

 たじひのたかわしのはらのみささぎ
 丹比高鷲原陵
(大阪府羽曳野市島泉字高鷲原)
からひめ
韓媛
:かずらきのつぶらのおおおみ
葛城円大臣の女
しらかのたけひろくにおしわかやまとねこ
白髪武広国押稚日本根子天皇
(清寧天皇)

わかたらしひめのひめみこ
稚足姫皇女(伊勢神宮の斎宮)
  • 生まれたとき、神々しい光が御殿に充満したという。成長してからのたくましさは人に抜きんでていた
  • 兄、安康天皇の死を聞くや、実の兄弟たちを疑い、まず八釣白彦皇子を殺す。眉輪王と逃げた坂合黒彦皇子も、逃げた先の大臣共々焼き殺された
  • 生前の安康天皇が太子にしようとしていたのを恨みに思い、従兄弟の市辺押磐皇子いちのべのおしわのみこを狩に誘い出し、射殺。舎人も皆殺しに。これにより皇位継承者がいなくなり、即位する
  • 娶ろうとしていた百済の池津媛が石川楯いしかわのたてと通じ、怒り焼き殺した
  • 葛城山で狩をしていると一事主神が現れ、一緒に狩を楽しんだ
  • 吉備上道臣田狭の婦であった稚姫わかひめの美しいことを聞き、自分のものとした
  • 新羅が朝貢せず、高麗の貢を妨げたりするため、討伐に乗り出した
  • 誉田陵(応神天皇陵)で埴輪が馬になったという
  • 鳥官とりつかさ、仕丁つかえのよぽろらに入れ墨し、鳥養部とした
  • 腕の良い工匠こだくみに、采女に相撲をとらせて見せて腕を狂わせ、これを殺そうとしたが皇后にいさめられ、思いとどまる。これ以前にも、皇后の言葉によって思いとどまることが多かったようだ
  • 根使主の悪事が露見して殺し、これより子々孫々、群臣とはなれぬものとした
  • 高麗に滅ぼされた百済を復興させる
  • 水江浦島子みずのえのうらしまのこが舟から釣りをしていると大亀がかかり女となった。一緒に海中から蓬莱山へ至り仙境を回った
  • 新羅討伐のために率いられてきた蝦夷5百人が、崩御したことを聞いて侵略を始めた。これをその将軍、吉備臣尾代きびのおみおしろがことごとく斬り、攻め殺した
くさかのはたびひめのひめみこ
草香幡梭皇女

:おおくさかのみこ
大草香皇子の妹で仁徳天皇の女、
さらに父允恭の異母妹。
そして生前の履中の皇后?
 
わかひめ
稚姫
:きびのかみつみちのおみ
吉備上道臣の女
また、もとは吉備上道臣田狭の婦
いわきのみこ
磐城皇子
ほしかわのわかみやのみこ
星川稚宮皇子
おみなぎみ
童女君(もと采女)
:わにのおみふかめ
和珥臣深目の女
かすがのおおむすめのひめみこ
春日大娘皇女
480 22.清寧天皇(?)
 しらかのたけひろくにおしわかやまとねこ
 白髪武広国押稚日本根子天皇

 かわちのさかとのはらのみささぎ
 河内の坂戸原陵
 (大阪府羽曳野市大字西浦字白髪)
  おけのすめらみこと
億計天皇
(仁賢天皇)

をけのすめらみこと
顕宗天皇
(顕宗天皇)

=父の従兄弟の子(またいとこ)

  • 生れながらにして白髪。長じては人民を慈しみ、雄略の皇子たちの中で特に不思議で変わったところがあった
  • 天子の位を取るためにはまず大蔵の役所を取れと異母弟、星川皇子に母の稚姫が教え、その長子、磐城皇子は反対するが聞かず、叛いて殺される
  • 子がなく後世に名を残すため、白髪部舎人、白髪部膳夫、白髪部靱負の遺跡を置いた
  • 父、市辺押磐皇子を雄略に殺されて身を隠していたその息子兄弟、億計と弘計を発見、連れ戻しともに皇太子、皇子とする
485 23.顕宗天皇(?)
 をけのすめらみこと
 弘計天皇

 ちかつあすかのやつりのみや
 近飛鳥八釣宮

 かたおかのいわつきのおかのみささぎ
 傍丘磐杯丘陵
 (奈良県北葛城郡香芝町
 大字北今市字的場)
なにわのおののみこ
難波小野王

:允恭天皇の曾孫で、磐城王の孫、
おかのわくごのみこ
丘稚子王の女
 
  • 安康の時代にその弟、雄略に父、市辺押磐皇子を殺され、実兄の億計とともに身を隠していた。長らく偏狭の地にいたため万民の憂え苦を良く知るところとなり、徳を布き恵みを施し、政令をよく行なった
  • 播磨国司で山部連の先祖、伊予来目部小楯いよのくめべおだてが新嘗を供えたときに新築祝いにきていた縮見屯倉首しじみのみやけのおびとに舞いによって名乗りを上げ、発見される
  • 子がなく後嗣に困っていた清寧天皇の皇子となる。このとき実兄の億計が皇太子だったが、譲られて即位する
  • 荒野に落命し埋められたままの父、市辺押磐皇子の骨を探すのに、老婆置目が貢献し、長く厚遇した。また父の復讐のため雄略の墓を暴こうとしたが兄に諌められ、留まった
  おけのすめらみこと
億計天皇(仁賢天皇)=実兄
488 24.仁賢天皇(?)
 おけのすめらみこと
 億計天皇

 いそのかみひろたかのみや
 石上広高宮

 はにゅうのさかもとのみささぎ
 埴生坂本陵
 (大阪府南河内郡美陵町
 大字野中字ボケ山)
かすがのおおいらつめのひめみこ
春日大娘皇女

:雄略天皇と元采女との女
たかはしのおおいらつめのひめみこ
高橋大娘皇女

あさづまのひめみこ
朝嬬皇女

たしらかのひめみこ
手白香皇女

くすひのひめみこ
樟氷皇女

たちばなのひめみこ
橘皇女

おはつせのわかさざきのすめらみこと
小泊瀬稚鷦鷯天皇(武烈天皇)

まわかのひめみこ
真稚皇女
  • 幼時より聡明、敏才多識。壮年には恵み深くへりくだり穏やか
  • 弟、弘計の難波小野皇后が、以前から皇太子に対して礼に反した行いがあったことを恐れて自殺
  • 国郡に散り逃げていた佐伯部を探し求め、押磐皇子に仕えた佐伯部仲子の子孫を佐伯造とした
  • 市辺押磐皇子は蟻臣ありのおみの女、はえ媛を妻とし、居夏媛いなつひめ、億計王おけのみこ(嶋稚子しまのわくごまたは大石尊おおいしのみこと)、弘計王をけのみこ(来目稚子くめのわくご)、飯豊女王いいどよのひめみこ(忍海部女王おしぬべのひめみこ)、橘王たちばなのみことの三男二女がある
あらきみのいらつめ
糖君娘
:和珥臣日爪の女
かすがのやまだのひめみこ
春日山田皇女
500 25.武烈天皇(18)
 おはつせのわかさざきのすめらみこと
 小泊瀬稚鷦鷯天皇

 はつせのなみき
 泊瀬の列城

 かたおかのいわつきのおかのみささぎ
 傍丘磐杯丘陵
 (奈良県北葛城郡志津美村)
かすがのいらつめ
春日娘子
 
  • 長じて裁きごとや処罰を好み、法令にも詳しく、いろいろな悪事を行なった。極刑を好み、人民に恐れられた
  • 妊婦の腹を裂く、生爪を抜いて芋を掘らせる、頭髪を抜いて木に登らせ、その木を切って落とし殺す、池の堤の桶に入らせ流れ出るところを刺し殺す、などの残虐な行いが伝えられる
  • 百済の末多王が無道を行ったため人民から捨てられ、嶋王せまきし(武寧王)を立てた
  • 子がなく、小泊瀬の舎人を設けて名を後世に残そうとした
  • 百姓や天下の飢え、寒さを意に介さず、自分のみが気ままに贅をつくした
507 26.継体天皇(82)
 おおどのすめらみこと
 男大迹天皇(彦太尊)

 やましろの
 山城の綴喜

 あいののみささぎ
 藍野陵
 (摂津国三島郡藍野)
めのこひめ (しこぶ)
目子媛 (色部)
:おわりのむらじくさか
尾張連草香の女
ひろくにおしたけかなひこのみこと
広国排武金日尊(安閑天皇)
まがりのおおえのみこ
(勾大兄皇子)
たけおひろくにおしたてのみこと
武小広国排楯尊(宣化天皇)
ひのくまのたかのみこ
(桧隈高田皇子)
  • 応神天皇五世の孫で彦主人王ひこうしおおきみの子。母は垂仁天皇七世の孫、振媛。成人すると人を愛し賢人を敬い、心広く豊か
  • 後嗣のない武烈の崩御後、仲哀天皇五世の孫、倭彦王やまとひこのおおきみ遣いを出すが、使者とした兵士を見て恐れて逃げ、行方不明となったため白羽の矢が立てられた
  • 最初疑いを持つがたまたま同行していた馬飼首荒籠うまかいのおびとあらこが顔見知りだったためついに信じて発った、のち荒籠を寵愛する
  • 任那内の日本の村々に住む百済人で、逃亡者や戸籍のなくなった者の三世四世までさかのぼって調べ百済に送り返し戸籍につけた
  • 応神天皇の四韓を百済に割譲
  • 百済の夢寧王薨去。太子明が即位
  • 新羅に賄賂で唆され、筑紫国造磐井が反乱。大将軍物部麁鹿もののべのあらかいが鎮圧
たしらかのひめみこ
手白香皇女
あめくにおしはらきひろにわのみこと
天国排開広庭尊(欽明天皇)
わかこひめ
稚子媛
:みおのつのおりのきみ
三尾角折君の妹
おおいらつこのみこ
大郎皇子
いずものひめみこ
出雲皇女
ひろひめ
広媛
:さかたのおおまたのおおきみ
坂田大跨王の女
かむさきのひめみこ
神前皇女

まむたのひめみこ
茨田皇女

うまくたのひめみこ
馬来田皇女
おみのいらつめ
麻積娘子
:おきながのまでのおおきみ
息長真手王の女
ささげのひめみこ
荳角皇女(伊勢皇大神宮の斎宮)
せきひめ
関媛
:まむたのむらじこもち茨田連小望の女
まむたのおおいらつめのひめみこみこ
茨田大郎皇女

しらさかいくひひめのみこ
白坂活日姫皇女

おののわかいらつめのひめみこ
小野稚郎皇女
やまとひめ
倭媛
:みおのきみかたひ
三尾君堅ひの女
おおいらつめのひめみこ
大娘子皇女

まろこのみこ
椀子皇子(三国公の先祖)
みみのみこ
耳皇子
あかひめのひめみこ
赤姫皇女
はえひめ
はえ媛
:和珥臣河内の女
わかやひめのみこ
稚綾姫皇女

つぶらいらつめのみこ
円娘皇女

あつのみこ
厚皇子
ひろひめ
広媛
:ねのおおきみ
根王の女
うさぎのみこ
兎皇子(酒人公の先祖)
なかつみこ
中皇子(坂田公の先祖)
534 27.安閑天皇(70)
 ひろくにおしたけかなひのすめらみこと
 広国押武金日天皇

 やまとのくにのまがりのかなはし
 倭の国の勾の金橋

 ふるいちのたかやのおかのみささぎ
 古市高屋丘陵
 (大阪府羽曳野市大字古市字城)
かすがのやまだのひめみこ
春日山田皇女
やまだのあかみのひめみこ
(山田赤見皇女)

:仁賢天皇の女
 
  •  
さてひめ
紗手媛
:こせのおひとのおおおみ
許勢男人大臣の女
 
かかりひめ
香香有媛
:こせのおひとのおおおみ
許勢男人大臣の女で
紗手媛さてひめの妹
 
やかひめ
宅媛
:もののべのいたびのおおむらじ
物部木蓮子大連の女
 
536 28.宣化天皇(73)
 たけおころくにおしたてのすめらみこと
 武小広国押盾天皇

 ひのくまのいおりの
 桧隈の廬入野

 やまとのくにのむさのつきさかうえのみささぎ
 倭国の身狭桃花鳥坂上陵
 (橿原市鳥屋町)
おおしこうちのわくごひめ
大河内稚子媛
ほのおのみこ
炎焔皇子(椎田君しいだのきみの先祖)
  •  
たちばなのなかつひめみこ
橘仲皇女

:仁賢天皇の女
いしひめのみこ
石姫皇女

こいしひめのみこ
小石姫皇女

くらのわかやひめのみこ
倉稚綾姫皇女

かみつうえはのみこ(まろこ)
上殖葉皇子(椀子)=丹比公たじひのきみ
 偉那君いなのきみの先祖
540 29.欽明天皇(?)
 あめくにおしはらきひろにわのすめらみこと
 天国排開広庭天皇

 しきのこおりのしきしま
 磯城郡の磯城島
 しきしまのかなさしのみや
 (磯城島金刺宮)

 ひのくまのさかいのみささぎ
 桧隈坂合陵
 (奈良県高市郡
 明日香村大字平田)
いしひめ
石姫

:宣化天皇の女
やたのたまかつおおえのみこ
箭田珠勝大兄皇子
おさたのぬなくらのふとたましきのみこと
訳語田渟中倉太珠敷尊(敏達天皇)

かさぬいのひめみこ
笠縫皇女
  •  
わかあやひめのみこ
稚綾姫皇女
:皇后、石姫の妹
いさのかみのみこ
石上皇子
ひかげのひめみこ
日影皇女
:皇后、石姫の妹
くらのみこ
倉皇子
きたしひめ
堅塩媛
:そがのおおおみいなめのすくね
蘇我大臣稲目宿禰の女
おおえのみこ
大兄皇子(用明天皇)
いわくまのひめみこ
磐隈皇女
(伊勢大神に仕えたが茨城皇子に犯され解任)

あとりのみこ
臘嘴鳥皇子
とよみけかしきやひめのみこと
豊御食炊屋姫尊(推古天皇)

まろこのみこ
椀子皇子
おおやけのひめみこ
大宅皇女

いそのかみべのみこ
石上部皇子
やましろのみこ
山背皇子
おおとものひめみこ
大伴皇女

さくらいのみこ
桜井皇子
かたののひめみこ
肩野皇女

たちばなのもとのわかみこ
橘本稚皇子
とねりのひめみこ
舎人皇女
おあねのきみ
小姉君
:きたしひめ
堅塩姫の同母妹
うまらきのみこ
茨城皇子
かずらきのみこ
葛城皇子
はしひとのあなほべのひめみこ
泥部穴穂部皇女
(用明天皇の皇后で聖徳太子の母)

はしひとのあなほべのみこ
泥部穴穂部皇子
(天香子皇子、または住迹皇子)
はつせべのみこ
泊瀬部皇子(祟峻天皇)
あらこ
糖子
:かすがのひつめのおみ
春日日抓臣の女
かすがのやまだのひめみこ
春日山田皇女
(仁賢の女と全く同名?)

たちばなのまろのみこ
橘麻呂皇子